NHK『おかあさんといっしょ』の第12代目体操のおにいさん「まことお兄さん」だった福尾誠さん。
5月3日放送の芸能界のスポーツマンNo.1を決める『最強スポーツ男子頂上決戦2024』に出場、初出場ながら見事に総合3位となり注目を集めています。
体操選手として日本代表を目指していたほどのレベルだった福尾さんですが、実は体操選手としてのキャリアについてはあまり知られていません。
今回は元たいそうのおにいさんだった福尾誠さんの体操選手時代の成績・キャリアについて紹介します。
福尾誠(元体操のお兄さん)が『スポ男』総合3位で再注目
まことお兄さんの跳び箱回転飛びかっこよすぎん?😂 #まことお兄さん #モンスターボックス #スポーツ男子頂上決定戦 pic.twitter.com/gRPeHxcUTl
— えーたん (@AndXxxxlove) May 3, 2024
福尾さんは5月3日放送の芸能界のスポーツマンNo.1を決める『最強スポーツ男子頂上決戦2024』に出場、初出場ながら見事に総合3位となりました。
中でも「モンスターボックス」では出場者の中で福尾さんのみが21段に成功し、「福尾誠」がトレンドワードにもあがりました。
21段成功もまだ余裕がある跳躍と甘いマスクと肉体美に
「レベチ」「レベチ」「嫁が発情」
とネットは盛り上がっておりました。
福尾誠の体操選手時代の成績紹介
『スポ男』で大活躍だった福尾さんですが、体操選手時代の成績・キャリアについてはあまりよく知られていません。
体操を習っていた2人の姉の影響から福尾さんは2歳半から体操を始めた誠おにいさんのキャリアを紹介します。
①幼少期~中学生時代
福尾さんは2人の姉が体操教室に通っていたため、2歳半で同じ体操教室に通い始めました。
小学校になってからは「競技クラス」に入り、より本格的に体操にのめりこむようになります。
当時通っていた体操教室は東京都練馬区にある「大泉スワロー体育クラブ」です。
2005年全日本ジュニア体操競技選手権大会において、当時中学生1年生で13歳だった福尾少年は
跳馬と鉄棒で入賞しています。
福尾さんは中学1年生の夏の頃に開催されたアテネ五輪団体決勝をテレビ観戦し、
『栄光への架け橋だ』のアナウンスとともに冨田洋之がぴたりと鉄棒の着地を止めた場面を観て
「冨田選手が着地を止めて金メダルを手にした瞬間。あれを見た時に僕もいつかここで演技をしてみたいという気持ちが芽生えました。そこがスタートです」
引用元:『Number Web』での福尾誠のインタビュー
と、体操選手として五輪出場を目指すようになったそうです。
後に福尾さんは憧れだった富田選手と一緒に順天堂大学体操部のコーチを務めることになります(後述)。
②関西高校時代はナショナルチーム所属&インターハイ個人総合2位
福尾さんは岡山の名門 関西高校に進み、1年生の頃には18歳以下ののジュニアナショナルチームに選出されています。
「田中佑典さんが2つ上、下だと小学生の頃の白井健三。あとは加藤凌平もいましたね」
引用元:『Number Web』での福尾誠のインタビュー
福尾さんが将来の日本体操界を担う有望株であったことが分かります。
そして高校3年生のインターハイでは
個人総合2位
団体(関西高校)2位
と、個人・団体いずれもで全国準優勝という輝かしい成績を残しています。
個人総合の成績を見てわかる通り、跳馬で16点台を叩き出しているのは福尾さんただ1人であり、跳馬が得意種目だったことがよく分かります。
実際福尾さん自身がNumberのインタビューで
「足を使う競技、床と跳馬が特に得意でした。他の選手と比べても体操競技では身長が高い方だったので、吊り輪とか力技が必要なものは少し苦手。ただ、表彰台に立ってメダルをもらえるのはすごく嬉しいですけど、2位ですよ? やっぱりもう一つ上に行きたかったです」
引用元:『Number Web』での福尾誠のインタビュー
と語っています。
また、ジュニアナショナルチームとして海外強化合宿(イギリス)にも参加している記録が確認できます。
③順天堂大学時代 ケガでロンドン五輪代表入りを挫折
ナショナルチームにも選抜されるほどの選手だった福尾さんは順天堂大学に2010年4月に入学。
2012年夏に開催されるロンドン五輪日本代表入りを目指していました。
ケガでロンドン五輪代表選考会を諦める
しかし大学2年の頃に吊り輪の練習中に肩関節を故障します。
大学3年の春には目標としてきたロンドン五輪の選考会が迫ってましたが、長期のリハビリを伴う手術をする決断をし、この時点でロンドン五輪の夢を諦めた形となりました。
なお、ロンドン五輪の日本代表には2つ下の後輩で当時順天堂大学1年生だった加藤凌平が代表入りしました。
選手として挫折を経て現役引退へ
その後福尾さんは長期間のリハビリを経て選手としても復活しましたが、長期間のブランクもあってか成績を残すことができず、体操選手としての現役を終えます。
現役引退後はスポーツ研究とコーチ業へ
その後福尾さんは2014年3月に卒業後し、順天堂大学大学院のスポーツ健康科学研究科前期化に進学し2016年3月に卒業。
更にその後は2016年4月に順天堂大学大学院・スポーツ健康科学研究科・後期課程へ入学し、2019年3月に卒業しています。
順天堂大学で金メダリスト富田洋之とコーチを務める
順天堂大学院で研究をしている傍らにも、2016年にはコーチとして体操界に関わっていました。
憧れだったアテネ五輪金メダリストの富田洋之さん(同じく順天堂大学卒業)と一緒に古巣順天堂大学でコーチをすることになります。
子供の頃に憧れた人と一緒に仕事をするようになるなんてなんとも素敵ですよね!
福尾さんがコーチ就任からほどなくして、教え子である世界選手権代表の萱和磨や谷川航を擁する順天堂大学体操部は2018年11月開催の第72回全日本体操団体選手権大会で優勝しました。
富田コーチを筆頭に、福尾さんもコーチとして日本一の体操チームに導きました。
社会人強豪チームのセントラルスポーツやコナミスポーツ体操競技部、日本体育大学をはじめとした大学チームなど、名だたる各種団体体操チームを抑えて6度目の優勝を果たし、大会史上初の3連覇でした。
福尾さんが現役の選手として日本一になることはできませんでした、コーチとして母校を優勝に導いた形となります。
選手としてもコーチとしても申し分ないキャリアと言えましょう。
日本チームのコーチも務めた
また、福尾さんは体操の日本代表チームのコーチも務めてきました。
2017年3月にアゼルバイジャンで開催されたFIG体操個人器具ワールドカップにおいては日本選手は2名出場し、福尾さんは日本チームのコーチも務めました。
日本体操協会に対しても大きく貢献してきたのですね。
大学卒業後にタレント業もしていた!
福尾さんは2014年3月に順天堂大学を卒業後にスポーツ科学の研究の道に進みましたが、一方でタレント業も併行してされていたようです。
2014年の三菱地所のCM「さあ、世界を驚かせよう。」でスーツ姿のまま、あん馬で見事なトーマス旋回(開脚旋回)を披露しています。
福尾さんは足が長いので開脚旋回(トーマス旋回)がとても映えますね!
憧れの体操のお兄さんからタレント活動へ
2019年3月に順天堂大学院の博士課程を修了し、2019年4月からNHK「おかあさんといっしょ」の第12代たいそうのおにいさんに就任しました。
「おかあさんといっしょ」第12代目たいそうのおにいさん就任
福尾さんは体操選手としての五輪代表の夢が消えたころから、大好きな体操に関わりながらも子供の発育に大きく関われる「たいそうのおにいさん」に憧れを抱いていたようです。
実際に夢を実現させた福尾さんは本当にすばらしいですね!
「まことお兄さん」卒業後のタレント活動
「まことお兄さん」として4年間たいそうのおにいさんを務めたのち、福尾さんは個人事務所「株式会社coseiro」を立ち上げてタレント活動を展開しています。
地道にソロでタレント活動を続け、「スポ男」で総合3位という成績を残すに至りました。
今後さらに注目されること間違いなさそうです。
まとめ 福尾誠の体操成績は優秀でタレント業の成績も期待
いかがでしたでしょうか?
今回はあまり知られていない福尾誠さんの体操選手時代の成績について詳しく紹介しました。
現役体操選手としても、そしてその後のコーチとしても優秀な成績・キャリアを残してきた福尾さん。
タレントとしても「たいそうのおにいさん」という優良ブランドを4年間も務めあげ、卒業後も「スポ男」で大きな爪痕を残していけてます。
多くのお母さんを虜にした「まことお兄さん」が今度は「福尾誠」として地上波で更に大きく跳躍することは間違いないでしょう。
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